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Barrel登録を記念して、2010年4月に小樽商科大学に赴任されたCBCの澤田芳郎先生にお話を伺いました。
Q:先生はビジネス創造センター(CBC)の専任教員ですが、どのような仕事をされているのですか。
「教員ポストで採用された産学連携コーディネータ」というのが私の職務です。企業や行政が抱えるさまざまな課題を適切な教員につなぎ、産学連携、地域連携が活発化するようお世話する「共同研究センター」と総称される機関が各国立大学に設けられており、私はその小樽商大バージョンである「ビジネス創造センター」に勤務して、つまりそういう係の教員なんです。 コーディネータというのは権限を持たない存在で、そこがプロデューサーと違います。さまざまな関係者の思いを見極めながら、それらがいずれも成立する条件をつきとめ、人々が自ずと参画できるスキームをその場その場で作っていく。あるいは変数の数が方程式の数よりだいぶ多い連立方程式を解くようなもので、ところがある条件下に一つの解が得られると、それがすぐ新しい状況を作ってしまう。するとまた解く。そういうのが、手がけている案件の数だけ同時進行しています。
Q:普通の教員とはだいぶ違う仕事のようですね。
そうなんですね。経歴を言いますと、1978年に京都大学農学部を卒業したあと、教育学部への学士入学と卒業を経て、1982年に京都大学教育学研究科の修士課程を修了しました。最終的な専攻は教育社会学です。職歴としてはいわゆるシンクタンクに研究員として勤めたあと、1988年に出身研究室の助手に採用されてアカデミックキャリアに移り、その2年後に就職した愛知教育大学で11年間、「科学社会学」や「情報システム論」を担当しました。このころは普通の研究者兼教師だったわけで、授業を担当するほかに論文を書いたり翻訳をしたり、その他いくつかの研究プロジェクトに従事しました。しかし産学連携を研究対象の一つにしていたことから、母校に産学連携のセンターができたときに呼ばれ、以来9年にわたって教授の肩書を持つ実務家として勤めました。 一方、産学連携コーディネートに従事することを通して産学連携とは何かを考えるという部分ではフィールドワーク型の研究者でもあるんです。私は実務家としては極力アクティブでありたいと思っていますが、どういう状況のもとで自分がどう動いたか、なぜそう動いたかをアナリストとしての私が観察、分析しているんですね。そうしているうちに、産学連携の背景に<産のシステム><学のシステム>という2つの異なる「大学モデル」が存在し、<産><学>両セクター間の大学モデル不一致の結果としてかくかくしかじかの「産学連携コンフリクト」が発生するという着想が来て論文にしました。いわば自分自身が実験装置なんです。まあ、研究者の面もありますということは言っておかないと(笑)。2003年には産学連携学会というのを仲間と作ったし。 ところが人類学者と違ってフィールドを変えるには転職しなければならず、いろいろな大学に応募していたら、ついに小樽商大が採用してくださったわけです。北海道に職を持つのは初めてですが、北海道の歴史性に起因する産学連携の独自のあり方、持っていき方があるらしいことが分かってきて現在勉強中です。
Q:今後の活動についてご紹介ください。
大学という社会制度、その成果への期待が非常に高まっているわけですが、普通の教員には教育・研究という大事な仕事があります。いわば教育・研究を通して社会貢献をしておられる。それは十分に尊重しながら、一方で大学として社会の期待にも応えたい。すると教員の方々が喜んでくださるような共同研究や社会活動のプロジェクトを呼び込んだり作ったりしなければなりません。そのためには案件が飛び込んでくるのを待つだけでなく、企業や行政への「御用聞き」を実施したいと思っています。こちらが真剣だと先方も「自分たちはいまこういう問題にぶつかっている」と打ち明けてくださることがあり、それを持ち帰ってその種の問題に詳しい先生にご相談し、興味がおありであればいっしょに研究計画をまとめて再度訪問すると。話が合えば共同研究が始まるわけで、こういう意味の橋渡しを図ることは私たちセンターの重要な役割だと思います。 実はそのために小樽商大の教員全員にご関心の所在を聞かせていただくための訪問をさせていただけないか打診し、実際に多くの先生方にお会いいただきました。大学のポテンシャルの本質は教員の専門と価値観の多様性なのですが、一方でどんな案件が飛び込んできても大学としての最善のレスポンスを返せる準備をしておく必要はあり、しかしコミットされるかどうかはあくまで研究者である教員個人個人がお決めになることなんです。つまり社会のニーズがこうだからこういう研究をしてくださいと言うわけではまったくありませんが、私たちが先生方をご支援申し上げることで研究の広がりが可能になるなら、大学の社会における役割が拡大するでしょうと。 こういう「共同研究のコーディネート」は基本的な活動ですが、本学のセンターの独自コンセプトとして「『文理融合』の具体化と実施」「地域連携の推進」というのもあります。前者は国や道が推進する北海道各地の技術開発をベースにした産業振興プロジェクトへの協力、後者は小樽市などからの委員会参画要請や講師照会への対応、地元企業からのビジネス相談などです。これらについてはセンターが従来積み重ねてきたことを尊重しつつ、さらに拡張する方策を具体的案件に沿って検討中です。他大学に案件を転送したり、他大学と協力してことを進めるケースも出てくるでしょう。
Q:教員訪問というのはどんな感じですか。
実は研究者がものを考えるとき、理系であれ文系であれ、ある種の基本パターンがあるんです。まず何か解くべき謎がある。それに対して既存の研究がどこまで到達していて、何が足りないか。するとどういうことが得意な自分は何の研究をするのがいいか。そして、研究しているうちにはっと思いつくことがある。質問はこのパターンに載せていく感じになります。それは決してその研究がどういう役に立つかではなく、それで何が認識できるか、人類の知的体系にとってどんな意味があるかがポイント。またそのあたりの機微を私がある程度把握していることをわかってくださったと思ったら、多少思い切って、「先生、ねらっておられることはわかりましたが、そのときにこれこれのアプローチをされるのはなぜですか」「その研究のどこに魅力がありますか」などと問うこともあります。こういうインタビューを30分から60分実施するのですが、事前に大学のWEBで公開されているご経歴やBarrel掲載の論文をいくつか拝見していきます。その先生が人生をかけて何をなさっているか、なさろうとしているか素人が全貌を把握できるわけではありませんが、ある程度わかれば案件を持ち込む場合の手がかりが得られますし、社会との関係性をテーマにするインタビューとしては十分成立します。
Q:澤田先生が授業を担当することもあるんですか。
一つやらせていただきたい授業があって、現在学内折衝中です。前任の京都大学産官学連携センターでも主な仕事は産学連携のお世話だったのですが、それとは別に「映像制作論」という全学共通科目を担当していました。受講者を班編成のうえ、カメラや映像編集パソコンを貸与してドラマやドキュメンタリーを制作してもらうというもの。本学でもそういう授業をしたいと考えて相談しています。要するに映像編集ソフトは文書における「ワープロ」なんです。それを使ってとにかく何か短い映像作品を作りましょうと。ただし他人に見せるための作品を作る、多くの人で協力して作るということになると、それなりの手順をふまえなければなりません。 なぜ私がそういう方面を多少知っているかというと、昔から興味はあったんですが、1994年に当時参加していた研究プロジェクトの成果を紹介する広報ビデオを制作することになって、提案者の私がプロデューサーの役割を果たしました。その経験をもとに当時の文部省放送教育開発センターに企画を応募したら採択されて、情報システム論の授業で使用する映像教材の脚本を自分で書き、取材先のヤマト運輸株式会社の協力を得てプロの人に撮影、編集してもらいました。京大に移ってからは自分でカメラを回してある大学発ベンチャーの起業以来の経緯をインタビュー構成の映像教材にまとめるといったことも、これは「産学連携論」という授業のために実施しました。最新作は京都大学で自分が所属していたセンターを紹介するプロモーションビデオで、自分で構成、撮影、編集し、著作権フリーの音楽を付けました。いろいろ教えてもらう人としては映像業界の友人、知人がおり、それからここだけの話ですが(笑)、ある映画脚本家の評伝を試みていて何人もの映画関係者にお会いしたし、映像作品を制作する手順だけはそこそこわかるんです。
Q:CBCのプロモーションビデオも作られますか。
今のところ依頼はありませんが、必要性と予算があれば制作するかもしれません。ただ、小樽商大には立派な大学紹介ビデオがありますし、商大においてCBCがどういう役割を果たすのか、社会に何を訴えるのかをまず明確に理解しないと・・・。紹介ビデオがあるに越したことはありませんが、興味のない人に見てもらえるほどのパワーを備えさせるのは容易ではありません。 京都大学産官学連携センターの紹介ビデオはイベント時に京大の展示ブースでエンドレス上映する目的で作ったもので、センターが全体として何をやっているのか、見てもやっぱり分からないという雰囲気を実は狙ったものです(笑)。
Q:「もっと詳しく知りたければおたずねください」と。
そうです。映像というのは「妄想を喚起する装置」なんです。妄想をうまく収容していくというか、見ていてこういうことかなと思ったことが、その作品においてあらためて確認できる感じを視聴者が持てるかどうか。そういう相互作用を構築することが映像作品の基本だと思います。その工夫がないと、言いたいことをいくら並べ立てても視聴者には届かない。これは学生に映像作品の制作手順を教え、彼らの作品を観たり手伝ったりしているうちに気づいたことです。
Q:先生は『小松左京自伝』(2008)にも従事されていますね。
SF作家の小松左京氏に個人的に親しくしていただいてきたことから、そういう展開になりました。小松氏は2001年に『小松左京マガジン』という同人誌を始められたのですが、企画の一つが「小松左京自作を語る」というシリーズでした。事務所から頼まれて、私がそのインタビュアを引き受けたわけです。インタビューは複数のメンバーで行ない、構成は私が担当して原稿にまとめるというのを延々6年間、約20回実施したのですが、それが出版社の目にとまり、追加インタビューのうえで再構成して本にしました。第1部に日本経済新聞「私の履歴書」掲載の自伝が載り、全体の4分の3にあたる第2部に「自作を語る」インタビューが収録されています。代表的作品について、執筆時の状況やそれにどう向き合ったかを作品傾向ごとに問うというのが基本で、すると時間を追ってのテーマの深まりが見えてくるわけです。実は小樽商大に就職した記念に図書館に寄贈させていただきました。 書籍といえば、映画会社から持ち込まれたDVDブックの企画も京大在職の最後の2年間に担当して、『カラコルム/花嫁の峰チョゴリザ』(2010)というのができましたが、これも商大の図書館に納めました。
Q:インタビューがお得意ですか。
うーん。まあそうなんでしょうね。インタビューとその構成ね。というより、職業上のスキルでしょう。誰でもそれぞれ職業上のスキルをもって、その仕事をしてるんですよね。
Q:図書館やBarrelについてご要望や感想などをお聞かせください。
もともと情報収集のためによく図書館を利用していて、学生のころから国立国会図書館の『雑誌記事索引』をよく使いました。学術論文やジャーナリスティックな記事を検索し、一部は図書館でコピーを取りながら、自分が関心を持つ領域がどうなっているのかを理解していくんですが、文献をコピーしたり、ちらっと読んだりしているうちにテンションが上がってより焦点化された関心がわき、また調べるという感覚で情報収集を行ないました。特殊法人科学技術情報センター(特殊法人新技術事業団と合併して、現在は独立行政法人科学技術振興機構)が刊行する『科学技術文献速報』も使い、特定のキーワードにひっかかる文献抄録を全部コピーしてカードに貼り付け、それを分類するという手順でしたが、そうしているうちにある研究領域に関してどういう研究者がいるのか、どういう流派があってどう対立しているかが見えてきたりします。それをふまえてクライアント向けの企画書案にまとめ、上司に提出するというのをシンクタンク研究員時代にはよくやりました。 大学に移ってもある程度続けましたが、近年はBarrelに代表される文献リポジトリやそれを全大学連結したものが出現して文献収集がやりやすくなりました。それは単にシステムが技術的に可能となっただけでなく、文献をお互いに見せ合いましょうというカルチャーが社会的に成立し、そのことで情報がいっそう集まりやすくなったんです。集まりすぎてかえって見えなくなっているかもしれませんが、とにかくそうした状況を、誰でもやっているWEB検索だけでなく、うまく活用したいと思います。
Q:教員訪問にもBarrelは役に立ったようですね。
どこの大学の方もそうですが、教員は自分の代表的論文をリポジトリに登録しますので、十分手がかりになります。学生の皆さんは授業を通して先生の学問的見識を理解することが基本ですが、先生方がどのような論文を書いておられるか押さえることもあっていいと思います。私の場合は自分なりの「結晶」にあたる論文を恩師筋の編集する学術書に掲載する傾向があり、そういう単行本掲載論文をすぐに見てもらうことが今のところできないのは、ちょっと残念ですね。 それからさっき言った「映像制作論」ですが、実践報告を京都大学の学内向け広報誌に書いたことがありまして、ここが小樽商大のBarrelのいいところですが、他で勤務したときの書き物も載せてくれるんです。DVDブックの経緯をまとめた報告エッセイも載せてありますので、関心があれば探してみてください。
Q:着任されて半年たちましたが、小樽商大や北海道の印象はいかがですか。
私はいわゆるテニュア付きの大学教員は3大学目で、過去の勤務先といろいろ比較するんですが、本学は学生さんにとって非常にいい環境だと思います。まず学生さんにも教員にも迷いがないというか、ビジネスのサイエンスを目指す、知的ビジネスマンになるという方向性が明確なんですね。長い歴史を誇る国立大学として有力企業人を多数輩出し、その影響力が大学の規模の「小ささ」とあいまって就職に有利に働いているという事情もあり、それがさらに教員や学生の価値観、タクティクスに結果するという循環が成立している。また、適度な刺激がいろいろ入ってくる。あえて言えば少し環境が良すぎるのが心配ですが、それは自分で気をつけて、いろいろな勉強でカバーしていただくしかありません。 私は北海道には特に縁故者がおらず、初めて経験する土地なのですが、私も一員である「国立大学共同研究センター専任教員」の世界では横のつながりが強く、まったく偶然ながら北海道のさまざまな国立大学の専任教員の方々には非常に親しくしていただいてきました。自分が北海道に来ることになるとは思っていなくて、本当を言うと強い思い入れもなかったのですが、それはまあ許してください。こうして来たからには小樽商大、小樽市や北後志地方、そして北海道にできるだけ貢献したいと考えており、当然このネットワークは活かしていきます。
--- 澤田先生、お忙しい中、貴重なお話ありがとうございました。
これからも附属図書館では、先生方の研究成果の公開につとめていきたいと思っております。今後とも、ご著作をより多くの人々へ届けるため、論文等をBarrelへ寄贈いただきたくよろしくお願いいたします。
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