Barrelの収録文献が平成20年10月23日に1000件を超えました!1000件目の文献は,社会情報学科の平沢尚毅先生による,平沢尚毅(1999)情報技術に対する欧州の人間中心アプローチ. 人間工学, 35(1): 49-61 でした。これを記念して、11月12日、附属図書館館長室にて、平沢尚毅先生と和田健夫館長に対談していただきました!平沢研究室の尾形慎哉さん(CBC UX研究部門研究員)と遠藤隆治さん(社会情報学科3年生)も同席してくださいました。司会:お連れの方をご紹介してください。平沢先生:尾形研究員はCBCの研究部門にいるユーザーインターフェースデザイナーです。ユーザビリティコンサルティング会社から3年間出向していただいています。遠藤君は社会情報学科の3年生で、研究自体はインターフェースです。和田館長:1000件目の記念すべき論文で、平沢先生が1999年に『人間工学』に出された「情報技術に対する欧州の人間中心アプローチ」についてお伺いします。その後の人間工学についての研究、ユーザーインターフェースを対外的に宣伝する意味も兼ねまして教えてください。ご専門は人間工学ですね。平沢先生:人間工学といいますと、人間に対する物理的測面と認知的側面があります。30年前から認知的な側面の研究が始まったわけですが、何故か、日本ではあまり発達しませんでした。私自身は、元々、この物理的な側面の研究をしていましたが、製品開発の観点から疑問を感じるところもありました。これについて論文をリサーチしていると、「人間中心設計」という概念があることを見つけ、自分なりに研究を開始しました。その際に、人間工学会の前会長が、人間中心設計に関わる研究所の所長とは大学時代からの親友であることがわかりました。そのご縁で留学のお世話を受けることができました。そこで、人間中心設計に関わる研究を開始することができたのですが、これに関する概念はこれまで日本には無かったために、それについて書かれた論文を読んでも初めは何を書いているのかわからず、ショックを受けました。1997年に帰国して、そのへんのギャップがどこにあるのかまとめるため、資料を集めて概念を整理して成果を論文としました。これを発表するまで2年かかりました。その間、なんでこんな面倒くさいことをしているのだろうと思うことがありました。論文を整理するうちに、日本と欧米とのギャップが徐々に理解できるようになりました。 この論文が追い風となってISO14307について大がかりな調査研究をすることになりました。ISO9000で日本の産業界は多くの負担を強いられていましたが、この二の舞いになることを恐れた経産省(当時の通産省)が日本への影響を懸念したためでした。その当時、ISO14307の実態が理解できる研究者は当時日本には5人もいない状態でした。その中のメンバーの一人として、調査を委託されたのです。5人の研究者でヨーロッパ、アメリカ、日本のギャップ調査を行うため、1ヶ月で世界一周しました。この調査には、今回の論文を作成するために整理していた資料が役立ちました。調査結果は、報告書としてまとめられました。現在では、人間中心設計は、以前に比べて、産業界に浸透してきました。特に、電機関連の業界はかなり浸透しています。和田館長:ISO14307の規格を日本で取り入れたところはあるのですか?平沢先生:取得審査は、実質的に日本ではしていないですね。基本的なこの考え方をまともに会社に導入しようとすると組織を変えなければならない。そのための支援をこれまで実施してきました。ISO9000の認証事業と異なり、ISO14307の場合はあくまでも企業にとって有効であることを理解してもらうことにしてきました。実績があることを示して、そのプロセスをどうやって企業の組織に取り入れるのか。それによって開発コンセプトを変える。ISO14307の場合、認証を取ることが目的でなく、それを使うと会社にとってプラスであり、開発提案力が高まることなどを説明して、納得して頂いて活用するようにしました。和田館長:その流れがどの程度日本に浸透したのですか。大企業などは?平沢先生:一番産業界ですすんでいるのは、CRXといわれている、Canon、Ricoh、Xeroxです。この3社は産業障壁が高く、他社はこの3社に追随できない一方、広く外国市場に出回っているので、最も先鋭的に取り入れています。和田館長:この3社の国際障壁はさらに広がりますか?平沢先生:この3社はその傾向は強いと思います。特にCanonとRichoは強いと思います和田館長:先生がユーザビリティラボを始めたのはどうしてですか?ユーザビリティの研究は?平沢先生:ユーザビリティラボは、文部科学省「知的クラスタ研究プロジェクト」の札幌地区のユーザビリティ事業の一環として製作しました。ユーザビリティの専門家にすれば珍しいものではありませんが、まず、ユーザビリティを理解してもらうために始めました。今の日本には未だユーザビリティの考え方は浸透していると言えません。欧米のIT研究者の間では、20年前に着手された研究です。当時は、日本にはどのメーカーにもユーザビリティの概念は無く、ラボもありませんでした。知的クラスタでは、未だにユーザビリティをわからない関係者にユーザビリティをPRすることが第1着手点でした。本来、ユーザビリティ研究は、開発上流に関わることが重要な仕事になります。しかし日本の企業はこういう活動が浸透されていないので、まずは、取りかかりやすい『評価活動』ができる環境を創りました。ただ、本質的には、ユーザビリティは、製品企画、設計に強く関わるものです。この活動の差異の現れとして、最近、話題になっている、iPhoneやGoogle-Phoneの開発があります。これらは、単純な技術レベルの課題ではありません。日本には技術はあるのですが、上流の要求が満たされていません。和田館長:デザインは重要ですか?平沢先生:ユーザビリティの観点からは、デザインにはプロダクト系デザインと使い方をどうするのかという操作のためのデザインとがあります。尾形さん:デザインを固定的に考え、デコレーション的な物として広まっています。図柄がどうあればいいのかを決めることと同様に、動作や使い方を決めてどうするのかもデザインです。操作法を設計するのもデザインです。私はそこを専門にしています。平沢先生:これらの操作法は、利用者の情報がないと設計できません。これまでにないコンセプトをデザインするにも、利用者をどう考えるかが必要になります。利用者の情報を基本に、どういう形にし、どういった技術を応用するのか、こういったプロセスを組織にどう取り入れるのかを支援するのかが今の研究部門のテーマです。これは、従来のマーケティング活動とは違います。和田館長:研究の成果はいかがですか?平沢先生:現在、利用者中心の方法論を構想中です。この方法論をプロセスとして、会社にどう導入するのか、すなわち、組織への取組、教育、具体的なプロジェクトでのマネージメントなどを実施しています。和田館長:それは、具体的な製品を特定したものですか、それとも、汎用的なものですか?平沢先生:汎用的な方法論を考えています。開発の上流でいろいろなアイデアを具体化していく。例えば、デジカメの場合を考えてみましょう。デジカメは撮ることが主で、撮影後は、データをパソコンに入れますがそのままにして今はほとんどの人は見ません。それをどうやって生活文脈の中で見るようにするのかを、製品を構想する段階で、アイデアをだして製品の仕様に組み込むということを検討するわけです。和田館長:ヨーロッパではかなり研究が進んでいるようですね。平沢先生:研究活動に差があることは、今も状況は変わりません。この点を日本企業は認識していないことが多いですね。和田館長:日本の商品の悪いところはどんな点ですか?カメラ、オーディオは世界的に有名で技術的には進んでいるように見えますが。平沢先生:製品品質を考えると、やはり日本の商品は強い。しかし、モノとしてはよいのですが、利用する文脈で見れば、必ずしも使いやすいとは言えません。利用文脈の中での製品を利用するサービスの良否を考えると、必要なものが整備されているとは言い難い。また、新たなユーザインターフェースを構想することも、日本は弱いですね。家電品などのユーザインターフェースはリモコンの操作を考えてみればわかると思います。和田館長:北海道の産業発展に役立ちそうですか?平沢先生:北海道の情報通信にかかわる産業の売り上げは数千億と言われています。特に、大手企業のソフトウェア開発部隊が札幌近辺にあり、これらの企業には、直接、有効な手法ではないかと思います。この数年、講習会を実施すると、こういう企業の人たちが聞きに来ることがあります。尾形さん:北海道といえば観光ですが、観光のシステム化にこの技術を応用できませんか。平沢先生:観光は、実際に推進する母体が曖昧で難しいですね。行政の観点からは、札幌市とはいろいろな共同研究をしました。コールセンターの中のシステム開発もしましたし、引っ越し申請システムにも関与しました。今は様々な点で関与しています。和田館長:小樽はどうですか。平沢先生:小樽市とは具体的に共同研究したことはありませんが、ラボなど間接的に支援いただいています。小樽の企業とは数社共同研究をしています。和田館長:スタッフは何人ですか?平沢先生:5名です。私もスタッフの1人です。教育研究活動のエフォートの80%以上はとられます。一般の校務の軽減はありませんから、この数年は本当に多忙を極めています。この事業を文科省に申請する際は、仕事の指示だけしていればいいと言われましたが、実際は、動かざるを得ません。だまされたと気づくのが遅かったわけです(笑)。和田館長:大学に応用できますか?平沢先生:現段階では、直接は難しいと思います。本学は、産学連携、あるいは産官学連携を強く推進する体制がほとんどありません。様々な活動を研究者個人の裁量で実施するしかありませんので、研究成果を活かすには、後追いにならざるをえません。また、本学には企業との契約のノウハウがありません。先日、著名な弁理士に相談した際に指摘されたのが、形式的な知財に翻弄されて良好なビジネス連携を壊すことの問題でした。この仕組も考えなければ外部資金は獲得できないと思います。他大学の中には、積極的に取り組んでいる事例があります。慶應義塾大学、立命館大学などですね。我々に関する分野では、名古屋大学が精力的ですね。 商学系もこれから企業との連携が無いと経営が難しいのではないでしょうか。今回の論文で紹介した事例の多くは、欧米の大学が主体でやっているものがほとんどです。我々の研究分野でのアイデアを国際規格までドライブしているところの多くは、大学が関与しています。研究方法論を構想し、その応用研究をビジネスに主体的に生かし、単純に儲ける、儲けないではなく、社会的影響を持つだけの力がある。大学は様々な側面を持つものと思いますが、この点は、日本は全く追いつけない。私がお世話になった英国の大学の研究所は、実に巧妙な連携モデルを持っていました。和田館長:ユーザビリティラボの今後は、最終的な成果をだすためにはどうお考えですか?平沢先生:前にもお話しましたように、ラボはユーザビリティの広報として位置づけが高いので、これ自体で成果を出すつもりはありません。むしろ、これを社会的に必要となる動きを作る努力はしています。実際に、ラボは運営に年間400万円かかりますが、これを私たちの研究活動から賄っています。信じられないかも知れませんが、ラボを運営するために稼がないといけないわけです。この負担を考えると早く手放したい(笑)。和田館長:実際のユーザビリティラボのニーズはどうですか?平沢先生:一般的にラボで行われるのは、最終的な製品とか、製品への最終的な評価です。たとえば大学に、システムを納入する時に最終評価をする場合に利用します。本来なら欧米のように最終的にラボでテストしなければ製品を入れられないと決めれば良い。図書館のシステムの入札の時も、RFPにユーザビリティとアクセスビリティの要件を入れたのですが、現時点ではほとんど対応できませんでしたね。商大に外部からシステムを納入する際に、ラボでのテストを義務づけてもおもしろいかもしれませんね。大学への納入基準を商大が独自設定して、これをクリアしないと、今後はシステムを納入できないとなってもおもしろいですね。行政系のシステムでは、やっとユーザビリティに関心を向け始めたようですので。企業では温度差はありますが、問題意識を持ち始めています。ラボもない企業は多くありますので、そういった企業が使いこなせるように、教育と並行して実施できれば良いと考えています。和田館長:この論文を書いたきっかけを教えてください。平沢先生:利用者観点からIT技術に対して日本とヨーロッパのギャップを感じたためです。利用者の観点から応用技術に対する欧米とのギャップを具体的に論じました。このまま行くと、品質は高いけれども、使えない製品やシステムを産出する危険があることを示したつもりです。和田館長:このような欧米の人間工学の取組みを改めて紹介したという、このような論文は今までありましたか?平沢先生:なかったですね。システムに対する人間中心アプローチという概念をほとんど日本人は持っていない、あるいはやっていると思っています。今も時折企業からも問い合わせがあります。この論文を掲載した後に、新しい部会が作られましたし、数年前に、大規模なNPOも設立されました。和田館長:学会だけでなく、産業界にも情報提供した形となったのですね。この論文をBarrelに掲載する経緯がちょっと変わっていまして、学生がこの論文が商大にはないということで、他大学からコピーを取り寄せようとした依頼してきました。担当者は先生ご自身が持っているかもしれないと連絡をして、Barrelへの掲載をお願いしました。平沢先生:そこが不思議なんですよね。学生がこのような論文にどうして関心を持ったかわからないですね。個人的に興味があったのですかね。和田館長:いろいろなヨーロッパの動きは日本には情報がはいってこなかった。まとめるのは大変でしたか。平沢先生:数年かかりました。また、ページ数が多くなったために、投稿料の請求が20万円を超えてしまいました。当時の少ない研究費で、何とか泣く泣く支払いました(笑)。ですから、Barrelで無償であげたくない、という気持ちも少しあります(笑)。和田館長:今の研究はこのリサーチャがベースですか?平沢先生:確かにベースであります。しかし、ヨーロッパそのままの研究アプローチはそのまま取り入れられない。我々独自に方法論を展開し、応用を考えなければなりません。欧米型ではない日本独自の組織へは容易には応用できません。和田館長:研究のこれからは、実際に企業組織に現れましたか?平沢先生:企業に応用するには、アクションリサーチが必要になります。このアクションリサーチを企業にしている研究者は、日本にはあまりいないのではないでしょうか。方法論を作ったら、現場に行って実証し、成果を企業に提供するということになる。これをしないと絵に書いた餅になるということを言いたかった。現場は重要な妥当性を確認できる場です。現場に行かなければならないので、ある意味ものすごくハードです。現場の人と議論しなければならない。基礎研究は、イノベーションを生むものとして、とても重要です。一方、応用研究として社会的影響力を及ぼすには、理論を論文に書いているだけでは途中であって、それに基づいて実証した形で、企業なり社会に貢献しなければならない。そこで効果が出なかったら、理論に修正すべき点がある。企業からはお金より現場を借りているというスタンスですね。和田館長:Barrelについてご感想をお願いします。平沢先生:こんなにアクセスされるとは初め思わなかった。誰も読まないと思いました。毎月ダウンロードされているので驚きました。思った以上にインパクトがあるようですね。和田館長:長時間にわたり、有意義なお話をどうもありがとうございました。今後のご活躍を期待しています。