2600件目記念インタビュー

Barrelの収録文献が平成21年8月10日に2600件を超えました!

2600件目の文献は,言語センターの副島美由紀先生による,
副島, 美由紀 (1993) 「無邪気さ」という装い : ブリギッテ・シュヴァイガーの作品世界. オーストリア文学, 9: 37-44でした。

副島先生にお話を伺いました。

MsSoejimaQ:登録2600件目の論文「「無邪気さ」という装い : ブリギッテ・シュヴァイガーの作品世界」は、どのような内容ですか?

1968年に日本で学生運動や女性解放運動が始まったのと時を同じくして、ドイツ語圏(ドイツ、オーストリア、スイス)でも女性作家が現れはじめました。この論文で取り上げた作家ブリギッテ・シュヴァイガーはオーストリアの女性作家であり、父は高名な医師である名家に生まれました。幼い頃から家の名誉を守り、良き市民であり良きキリスト教徒であることを強制されて育ったシュヴァイガーですが、医学を学びにウィーン大学へ入ったころから、医学は自分を幸福にはしないと気づくようになりました。医学を離れた彼女は、4冊の回想録を若い女性の視点で執筆し、その中で、社会的秩序に縛られた子ども時代の記憶や、外国人への偏見に満ちた村の様子を赤裸々に描きました。幼い頃の躾けを「すべて子どもだましであり、トリックだった」、また「ファシズムのやり方と同じだ」として、社会への強い批判を含んだ彼女の作品は、斬新であると評価される一方で、「国の面汚しであり密告者の視点」と批判されたり、「子どもの視点はあまりに通俗的」「日常的すぎてドラマが無い」「分析力に欠ける」などと、様々な酷評を受けました。しかし私は、シュヴァイガー作品が、子どもの視点による回想を交え、若い女性が見たままの日常を描いているという斬新さを持っており、それが何より重要であると弁護したかったのです。また、私より以前には彼女について研究している人がほとんどいなかったので、是非研究してみたかったのです。
残念ながら、ブリギッテ・シュヴァイガーの作品は日本では翻訳されていません。やはり、まだ日本では、子どもや若い女性の視点から見た作品は低く見られがちなのと、シュヴァイガーの作品には社会批判の毒がありすぎるせいなのでしょうね。


Q:この研究をはじめられたきっかけは何ですか?

面白いきっかけがあるんです。大学3年のときに教わっていたドイツ人の先生が、ドイツ語の新聞に掲載される書評を週に一度紹介する授業の中で、ある女性作家を取り上げました。それを読んでみたくて、先生が夏休みで一時帰国する際、買ってきてくれるよう頼んだのです。ところが先生は、頼んだ本の他にもう1冊、別の本を買ってきてくれて、そっちの方は忘れてこっちをぜひ読みなさい、とおっしゃったのです。確かに読んでみると別の本のほうが格段に面白く、もともと頼んだ本のほうはすっかり霞んで書名すら忘れてしまいました(笑)。
これが、シュヴァイガー作品との出会いであり、この論文が生まれたきっかけでした。このドイツ人の先生のおかげでシュヴァイガー研究の糸口ができた訳であり、真に恩師であると今でも深く感謝しています。


Q:現在の研究について教えてください。

現在は、ドイツのポストコロニアル文学を研究しています。要するにドイツの植民地時代に関する文学です。ドイツは、植民地を持っていた期間はたった30~40年であったという点で日本と似ていますが、保有していた植民地の面積は英・仏に次いで世界第三位の広さでした。また、世界大戦前にタンザニアやナミビアで大きな植民地戦争を経験したという事が日本と異なる点です。この植民地戦争で多大な犠牲を出したことへの反省はごく最近になってようやく起こりはじめました。2001年に南アフリカのダーバンで開かれた人種差別問題についての「ダーバン会議」によって始めて旧宗主国への責任が追及されたことがきっかけです。(この第1回ダーバン会議のすぐあとに同時多発テロがあったため話題がさらわれてしまいましたが、会議は今年も第2回目が開かれています。)
ポストコロニアル文学は、このような植民地支配への反省が起こり始めた気運の中で、ドイツ文学はどう対応するのか、どのような役割を果たせるのか、を考えてゆこうとするものです。政治の動きより先に文学の中で植民地支配に対する謝罪が行なわれているという点が興味深いですし、文学によって社会全体の植民地支配への反省意識の高まりを呼び寄せる、という現象が大変面白く、研究し甲斐がありますね。


Q:Barrelに掲載された文献をどのような人に読んでもらいたいですか。

ドイツ女性文学という、このテーマに関心を持っている、出来るだけ沢山の方々に読んでもらいたいですね。特に、なるべく若い研究者たちに。私自身が若いときに書いた論文ですし、ブリギッテ・シュヴァイガーもとても若かったので、若い方々には共感を持って読んでもらえるのでは、と思います。


Q:Barrelについてご意見,感想をお願いします。

普通はマイナーな論文として日の目も浴びず眠っているような論文が、何故か多くダウンロードされているのが自分でも驚きであり、とても嬉しいことです。私の専門分野の論文ではないのに多くの方が探し出して読んでくれているなんて凄いことですね。私も商大の先生の論文をBarrelで検索して時々読ませてもらったりしているんですよ(笑)。
博士論文や修士論文はまだ登録件数が少ないようですが、学位論文はとても力を入れて執筆するものなので、Barrelに限らずこういったポータルサイトに、先生方の書かれた学位論文も是非掲載していただきたいと思います。また、著者名で論文を探すときなかなか見つけられなかったりするので、探しやすく改良してくれれば一層便利になってゆくのでは、と思います。
Barrelに論文を投稿するのはめんどう、と考える方もいるかもしれませんが、不精な人こそ、論文を「どこにいてもすぐ見られる」「目当ての論文をすぐ探し出せる」というBarrelの素晴らしい機能を活用することによって、大いに手間を省けるのではないでしょうか。


recom. books  興味を持った方へ!...副島先生からのオススメ入門書

上野千鶴子著『セクシィ・ギャルの大研究 (岩波現代文庫)』岩波書店, 2009

エドワード・W.サイード著 ; 今沢紀子訳 『オリエンタリズム (テオリア叢書)』平凡社, 1986 

永原陽子編『「植民地責任」論 : 脱植民地化の比較史』青木書店, 2009 


青字は本学図書館で所蔵しています。リンクをクリックしてご確認ください。※この推薦本は、2009年9月14日に追記しました。

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副島先生、お忙しい中、興味深いお話ありがとうございました!


研究者のみなさまのご協力のおかげで正式公開から1年6ヶ月足らずで登録文献数が2600編を越えました。ありがとうございました。2600編は先生方のご著作のほんの一部でしかありませんので、これからも先生方の研究成果の公開につとめていきたいと思っております。今後とも、ご著作をより多くの人々へ届けるため、論文等をBarrelへ寄贈いただきたくよろしくお願いいたします!