4000件目記念インタビュー

平成23年7月22日に登録件数が4000件を突破しました。!

4000件目の文献は,経済学科の江頭進先生による,江頭, 進 (2006) ハイエクの人間像. 大航海, 61: 138-147でした。

これを記念して平成23年8月4日(木)に附属図書館会議室にて江頭進先生と和田健夫館長、杉田茂樹学術情報課長に対談していただきました。

4000thinterview1【館長】栄えある4000件目の登録対象となった論文「ハイエクの人間像」の内容について教えてください。

【江頭先生】この論文は、ハイエクという20世紀の経済学史上、影響力が強かった経済学者を取り上げました。ハイエクは、個人の自由主義を非常に重要視し、さらに経済学の中での人間の定義みたいなものを大きく変えるきっかけになった研究をしたのですが、その中で取り上げられている人間というのはどういうものなのかということに焦点を当てて考えました。
ある程度の合理性を持って合理的な判断を行って選択をするというのは人間の一般的な定義です。ところが、ハイエクというのは個人の選択は非常に重要だという話はするんですけど、その選択が正しいかどうかというのは全然保障されない、むしろ間違っていることが多いと言っています。人間というのは常に間違えて正しい判断はできない存在だが、それでも、なぜ人間の自由というのは保障されなくてはならないかという話をするんです。
それがケインズなんかだと逆で、ケインズは、人間は誤りやすいとしているところはハイエクと同じで、一般の個人や企業の能力は限られているということを前提として、だからこそ政府が面倒をみる必要があるとしました。ハイエクはその部分はケインズとは対照的で、そういったことをケインズとの対比を使いながら説明したのがこの論文です。

【館長】普通、経済学の中のホモ・エコノミクスという人たちは、合理的な選択をするという想定があると思いますが、それとは全然違う前提に立っているのですか?

【江頭先生】そうですね。今の経済学というのはもちろん人間の合理性というものに対してそこまで信を置いていない、いわゆる限定合理性という概念で話をするんですが、経済学史上、ハイエクの論文が限定合理性という議論を始めるひとつのきっかけとなっています。

4000thinterview2【館長】この論文が掲載された「大航海」という雑誌はどういった雑誌ですか。

【江頭先生】哲学とか思想系の研究者がよく書いている、市販されている雑誌ですね。図書館では所蔵されてないと思います。

【館長】江頭先生は最初はハイエクの研究からはじめられたのですか。

【江頭先生】一番最初は予備校時代に講師に感化されてマルクス経済学の勉強をはじめたのですが、大学の学部のゼミでハイエクの『隷従への道』を読んで、それで180度転換して、ハイエクの勉強をはじめました。

【館長】あの有名な論文集(『F.A.ハイエクの研究 / 江頭進著. -- 日本経済評論社, 1999』)は、先生の若い頃の研究成果をまとめたものですか。

【江頭先生】そうですね。研究の成果をまとめたというか、もともとは博士論文として書いたものですが、博士論文を出してから2年くらい改訂し続けたので、話としてはもう少し一貫性を持たせて書いたものです。あれを出してからいろいろと発見があって、博士論文を書いている最中は大学院生なのでお金がなくて文献調査にはなかなか行けなかったのですが、商大に赴任してから科学研究費を取れるようになって世界各地に散らばっているハイエク関係の文献を集めることができるようになったので、大筋は変わらないのですが、もう少しはっきりと、きちんとしたものが書けているとよいのですが。

【館長】ハイエクがノーベル経済学賞を受賞した理由というのはどのようなものでしょうか。

【江頭先生】1974年にノーベル経済学賞を受賞したのは初期の景気変動理論によってです。

4000thinterview3【館長】だいぶ後になってからですね。

【江頭先生】はい。1931年に出した『価格と生産』という本が評価されるのに40年くらいかかってますよね。ただノーベル経済学賞そのものが1970年前後の創立です。あれはノーベル賞とは言っていますが、実はスウェーデン銀行賞ですから。

【館長】1970年ころというとアメリカで新自由主義が流行り始めたころでしょうか。フリードマンもノーベル経済学賞を受賞したのでしたか。

【江頭先生】そうですね。フリードマンは1976年に受賞しましたが、そのときはひともんちゃくあったのですが、ハイエクのときは割とすんなりと。

【館長】今の研究について教えてください。

【江頭先生】いろいろとやっています。ハイエクの研究は続けていて年に1回くらいはアメリカのスタンフォード大学やウィーンのザルツブルク大学に行って、資料を収集しています。
研究の重心は今はもう少し広がっていて、ハイエクの議論の中にもあるのですが、自生的秩序が我々の社会のルールの基本になるという考え方をもう少し真面目に考えてみようと。
本当にそんなルールができて人の行動が法の支配のもとでコントロールできるようになるのかということに少し疑問があったので、実際に最近はコンピュータのシミュレーションを使ってコンピュータの中の人間を動かして、いろいろなパターンを調査するという研究を行っています。

【館長】コンピュータで・・・。

【江頭先生】コンピュータの中に、不完全な人間を何千人、何万人といっぱい置いてお互いに行動させて・・・。

【館長】そんなことできるんですか。

【江頭先生】今はできますね。一昔前は大変でしたけど。一昔前はひとつのシミュレーションを動かすのに1週間くらいかかっていましたが、今のパソコンだと数分でできてしまいます。

【館長】経済学史の講義ではどんなことをやるのですか。

【江頭先生】前期集中でオーソドックスなことをやります。一番最初はジョン・ロックをやります。私的所有権と自由市場というテーマで講義をしているので、私的所有権の確立というところからロックの三権分立から始めて、アダム・スミスの話をして、マーケットの話をして、なおかつマルクスの話をして、私的所有権というものになぜ社会主義者たちがこだわって廃止しようとしたのかという話をして、場合によっては、ヴェブレンについても触れて、ケインズにいって、フリードマン、ハイエクというかたちで締めようとするのですが、最後の方は時間が足りなくなることがほとんどです(笑)。
でも、いきなり自由という話を学生にしても、今の学生は自由という概念は全然よく分からないですから。自由を求めて闘うなんてことは、自由を制限されたことのない人たちにはなかなか分からないですからね。
ハイエクは1992年に亡くなっているのですが、ちょうど1991年に東欧革命でソ連が崩壊した直後まで生きていた訳です。それももう20年くらい前の話で。

【館長】ハイエクは最後はどこに住んでいたのですか?

【江頭先生】フライブルクです。今の学生は3年生でも東欧革命以降に生まれたのでほとんど知らないんです。私はハイエクの勉強を始めたころはちょうど東欧革命の真っ只中だったので、とても感慨深く感動したものなのですが。

【館長】Barrelについて伺います。Barrelは、学術成果コレクションといって、先生方の業績を掲載してオープンアクセスをはかっているのですが、先生の研究とか文献をどんな人に読んでもらいたいですか。 

4000thinterview4【江頭先生】うーん。誰でも読んでくれれば・・・。専門の研究者は日本に何十人かいるのですが、そういう人たちはどういうかたちでも文献を手に入れられますし。Barrelのようなところでダウンロードしないと文献を読めない人は一般の人か学生でしょうか。

【学術情報課長】Barrelそのものについて、こういう活動やコレクションについてご意見やご感想がありましたらお聞かせください。

【江頭先生】Barrelそのものは、とてもよいやり方だと思います。非常にアクセスしやすいし、全文をいれてくれるのは、他の大学もやればいいのにといつも思います。
欲を言えば本文をテキストデータに全部換えて検索が便利になればいいですね。でも今のままでも昔に比べれば文献を手に入れやすくなったし便利だと思います。

【学術情報課長】先生からみて、他の大学でもこういうのをもっとやればよいのにというのは、文献がほしいが、手に入れにくいということがあるのでしょうか。

【江頭先生】そうですね。私はどんなやり方でも手に入れることができるのですが、学生に卒論を書かせていると、すぐに簡単に手に入らないものとか、文献を取り寄せるとたくさんお金がかかってしまうときがあるので、ネットからダウンロードできれば非常に便利だと思います。

【学術情報課長】学生さんたちは文献を探せないというより、探せても手に入れにくいのでしょうか。

【江頭先生】そこまでして手に入れる必要がないと思っているということが最大の問題だと思いますけど(笑)。文献は図書館に頼んで取り寄せなくてはならないものだという認識を持たせるのが結構大変ですね。
私にとっては、京大とか東大の昔の紀要の文献だと、日本経済学史の中で有名な経済学者の昔書いた論文などが、その大学に探しに行かなくても、すぐに手に入れられるので便利ですね。

【館長】ダウンロードの多い文献は、そのときの流行などの影響を受けていますよね。

【江頭先生】基本は学生の宿題が一番多いのだと思いますけど(笑)。
昔、大学院生のときに書いた恥ずかしい紀要論文がアクセス数が多かったりしますね。その分野でハイエクの研究をやっている人間が多分ほとんどいなくてその関係の日本の論文が全然ないので、アクセスが多くなるのは必然だと思いますが。

【館長・学術情報課長】本日はありがとうございました。